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京都国立博物館 前副館長

(現 東京国立博物館 副館長)

        松本 伸之

全国に4つある国立博物館の内、今回は京都国立博物館を訪れた。

学芸員の名前は知っていても、実際何をしているのか知らない人が大半だろう。私もそのうちの一人だった。

そこで、副館長の松本さん(※2015年3月当時)に学芸員としてどのように働き、何を感じているのかをお聞きした。

 ―学芸員松本さんの毎日

 

私は京都国立博物館の副館長と学芸部長を兼ねています(※2015年3月当時)。仕組みは一概に共通しているわけではないのですが、京都国立博物館の場合は大きく分けると、研究職と事務職の二つに分かれています。研究職のほうがいわゆる世の中で言われる学芸員の種類になります。私の普段の仕事は管理職になるので、研究ばかりしているわけでは当然いかなくて、運営や細かな調整事項を担当しています。

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管理職以外の話をすると、ここの場合は様々な分野の研究員がいます。それぞれの分野から自分達の研究の成果だとか、あるいは一般の人達が今どのようなことに興味があるのか、研究員の人達が色んなことをくみ取って企画をしていき、展示や特別展覧会に繋がっていきます。大変重要な仕事です。

他にも日常は裏方で作業し、博物館館内には出ませんが特別なお客様やイベントでは表に出て案内もします。加えて京都、近辺の社寺の研究があります。長い歴史を持っているところが多くて、そこには表に出てない歴史的な遺物っていうのがたくさんあるんです。様々な寺社に行って蔵などから全部作品を出してきて、色んな包みとか箱を開いたりして1点1点調べます。掛け軸などは掛けて、寸法をとって、記録をして、写真を撮っていきます。つまり学芸員の仕事は多岐にわたります。

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 ―歴史と今を繋ぐこととは

 

私は二つあると考えています。一つは、博物館というのは文化財、作品があって初めて成り立つ分野です。ただの紙切と文章があるだけで成り立つのではなく、形あるものの世界、そこから古の人達のいろんな考えや思想、信条、生活習慣、さらには心の奥底でどんなことを考えていたのか、どういう人間だったのか、それを探るのが、歴史的な文脈に沿ったうえで考えた場合の基本姿勢なのです。ですから今と昔を繋ぐといった意味では、あくまでも文化財を介してそこになにを読み取るか、それはとても大変難しいことですが、ある意味大変やりがいもあっていいかと思います。ある解答にたどり着いたときは、やはり数学の高度な数式を説いたときと同じ様に大変達成感があります。

 

二つ目は今生きている人達にとって文化財、作品がどういう価値をもつか、どういう意味を持つか、昔のことを調べて、並べ、お見せするのは今の人じゃないですか。それで昔の人はこうだったんだよで終わるのではなく、今の人達にとってその文化財がどういう意味を持つか、を考えなければなりません。

 

 ―学芸員になったきっかけ

 

私の場合は京都や奈良のお寺巡りが幼い頃から好きだったので、日本の美術、芸術、造形物に興味を惹かれるようになり、大学で美術史学を専攻し、大学院に入り修士をとりました。日本の美術や文化に関する仕事がしたいなということから学芸員になった次第です。

 

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 ―喜びと難しさ

 

この世界に入ってとても良かったなと思うのは、やはり人の単なる見かけ、人種の違い、国の違いではなくて、何千年何百年の間、人類というものはどういう歩みをしてきて、どういうイマジネーションの下でどういう活動をしてきたか、どういうものを生み出してきたかとか。そのエネルギーであったりその背景であったり、それから心の奥深さであったり。そういうものを考える、とてもいいきっかけであったと思います。それは言葉で言うと難しいんですけれども、実はとても広がりのある、奥深い、夢があるものでもあるわけです。人の心って何だろうみたいなものですね。そういうところに少しでも踏み入れたというのが、自分がある意味ずっと生きてきてとても有意義だったなと思うことですね。

 

難しさは、どこまで見に来る人達にケアをしてあげるか。その見る人の側に逆に立つと、こういうことを知りたい、ここに来ればわかるかもしれないと考えて来るんですが、博物館は教育機関ではなく公開する機関です。それはある意味どう利用するかは見る人の方にも、責任という言い方はおかしくなりますが役割があるはずです。 何か調べたい、何かを知りたいと。調べたいと思うのもその人側からの欲求です。じゃあそこに回答をどこまで用意しとくかというのは、これは実は大変難しい。文章や解説、あるいは人の言葉で、これの背景とかこれの価値とか、50%以上仮に提供したとすると、もうそこで既定概念を与えてしまうことになる。それは本当にいいことだろうかと。一方で、素っ気なくただ作品と名前だけ出せばいいかって言うと、それはあまりに不親切だろう。文化財の価値なりを見出すためのヒントを与える場であるのが重要なんではないか、また、その兼ね合いをどこでとるかというのが、今なお私達が考えていることです。

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 ―将来の夢と学生に向けて

 

将来の夢は、私の場合は定年後のことになりますが、自由に自分の好きな美術品、芸術品を見て世界中を回りたいです。仕事柄色んな国もいきましたけれども、知らないことの方が多いですから。日本は今、近隣やイスラムなどと問題をかかえていますけれど、相手との相互理解、歴史や思想や信条や生活習慣の理解をもっともっと深めていけば、少しずつ世界は近付くだろうなと。何より自分の心も豊かになるんじゃないかなあという風に思っています。

 

この世界にもし入るとするならば、日本の学芸員は雑芸員と未だに言われているように、何でもしないといけない側面があります。これはすべての職業に言えることだと思います。ですから色んな事を引き受ける、何でもやってやろうぐらいの意気込みを持ってこの仕事に飛び込まないと、自分の好きなことだけやろうと思ったら大きな間違いで、しかし逆にやりがいは大変あります。あとは就職活動に面接はあると思うので、大学生だったら実践をしとかないとだめですね。例えば学芸員だったら、博物館や美術館が何なのかを、自分なりに答えは出ないまでも、見て、考えるということをしておくべきだと思います。

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